高周波誘電加熱の応用例
7-13. 低温プラズマにおける高周波イオンプレーティング

高周波イオンプレーティングとは

真空蒸着をプラズマ雰囲気中でおこなうのがイオンプレーティングです。
真空蒸着は、抵抗加熱、電子ビーム加熱、誘導加熱等で蒸着材料を真空中で蒸発させ、基板(サブストレート)に膜づけをおこなうものです。通常の真空蒸着では、密着性向上、膜質の改善のために、基板の洗浄、蒸着中の基板の加熱等の工夫をしています。しかし、プラスチック等に製膜する場合は加熱ができません。この場合は、イオンプレーティングが有効な手段になります。
真空蒸着において試料が基板に到着する前にイオン化し、粒子自身にエネルギーを与える方法がイオンプレーティングと呼ばれます。イオンプレーティングでは、蒸着物質をイオン化し、電界のエネルギーを加えて加速して基板に付着させる方法です。したがって、ガスの種類、雰囲気圧力、基板DC電圧、蒸着前のイオンボンバード時間等のパラメータを変えることにより、さまざまな特性を持った膜質が得られます。

直流イオンプレーティングと高周波イオンプレーティング

イオンプレーティングには、放電を起こすエネルギーを直流によって得るものと、高周波によって得るものがあります。
直流放電による直流イオンプレーティングは、NASAのマトックス氏によって最初に考案されました。この方法は、特長として構造が簡単であることがあげられますが、短所としては、

①低真空動作なので電子ビーム加熱が使えず、抵抗加熱または誘電加熱に頼らざるを得ないので、応用が限定される。
②メタルブラック(サブストレート上で膜にならず黒色の粉末または黒っぽい膜となる)が発生しやすく、ピンホールが多くできる。
③サブストレート、エバポラントとも原則的には金属に限定される。
④イオン化と加速が同じ電界でおこなわれるので、別々に最適値に設定することができない。
⑤サブストレートの温度が異常に上昇する。等があげられます。

それに対して、東洋大の村上教授が開発したイオン化のエネルギー源として高周波を使用する高周波イオンプレーティングは、直流イオンプレーティングの欠点をかなり改善できます。
つまり、

①高真空での放電の維持ができる。
②イオン化のエネルギー源と加速電界を別々に設定できる。
③基板温度の上昇が少なく、温度制御ができる。
④欠陥の少ない、均一性に富んだ一様な付着膜ができる。
⑤イオン化能率がよく、付着力の強い膜が得られる。という特長を持ちます。

高周波イオンプレーティング装置の概略

高周波イオンプレーティングの装置概略を、(図7-9-1)に示します。電極は、図のようにコイル状です。ガスを導入し、10-2~10-1Pa程度の圧力とします。そこへ強い高周波電界を与えてグロー放電を起こします。ガスをイオン化し、ほとんどプラスイオンとなります。蒸着前のイオンボンバードではガスイオンをあらかじめ負にバイアスされた基板へ加速してぶつけ、基板表面をクリーニングします。その後、蒸着物質を飛ばし、今度はこれをイオン化して基板に付着させます。イオン化して基板に高速で衝突されるために、緻密でピンホールの少ない密着性の高い膜ができます。これがおよそのプロセスです。

図7-9-1/高周波イオンプレーティング装置

高周波イオンプレーティングのさまざまな特長

温度上昇が少ないので、プラスチックへのコーティングにも用いられます。
通常、アルゴンガス中でのイオンプレーティングが多いですが、O2、N2、NH3、CH4、C2H2などのガスプラズマの中で金属材料などを蒸着させて、酸化膜、窒化膜、炭化膜の製膜もできます。
なお、回り込みが大きくなり、陰の部分への膜づけができるのもイオンプレーティングの特長です。荒れた金属表面へモリブデンを真空蒸着した場合と、イオンプレーティングで製膜した場合では、イオンプレーティングのほうが平坦で緻密な組織となります。
切削工具で先端が黄色になったものを最近よく見かけますが、これは窒化チタンをイオンプレーティングで製膜したものです。金型等の高度を増すためにも使われるようになってきています。

高周波イオンプレーティングによる超電導薄膜の製作

最近、セラミックス超電導体が脚光を浴びていますが、高周波イオンプレーティングによる超電導薄膜の製作の研究も進められています。
酸化物超電導体の中で、YBCOは単結晶成長膜で、酸素の取り込みがポイントです。真空蒸着は組成の制御がスパッタに比べて比較的容易で、YBCOのように固溶組成の存在しない結晶の作成には有利な方法です。これに高周波のプラズマで酸素を活性化することにより、酸素の取り込みが容易になると推定されています。実際に、YBCO超電導体薄膜が形成されたという報告が出されています。
ほかに、装飾膜、光学膜等がイオンプレーティングで製作されています。
(高橋勘次郎氏監修「高周波の基礎と応用」より抜粋)